14時開演 兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール
毎年恒例の芸文センターのオペラ。
今年は開館20周年。プロデュースオペラも20作目で初のワーグナーでした。
(ネタバレがありますので、これから鑑賞予定の方はご了承の上お読みください)
今回は訳あって、海外キャスト組、国内キャスト組の両方の初日を観賞。
いきなり結論になりますが、圧倒的に国内キャスト組が素晴らしい完成度でした。
オランダ人 高田智宏氏、ダーラント 妻屋秀和氏、ゼンタ 田崎尚美氏、エリック宮里直樹氏はここ数年、生で何度もその演奏に接していますが、常にベストの安定感で、この日も期待に違わず素晴らしい演唱でした。
ドイツの歌劇場専属歌手、宮廷歌手の称号をお持ちの高田さんは、深い美声とドイツ語の発音の美しさ、圧倒的な存在感で説得力抜群。妻屋さんは船長の威厳もありつつ、財宝に目が眩む俗物のコミカルな演技も達者で、このお二人の演唱は物語の見通しをよくするものでもありました。
近年、国内のドラマティックソプラノ独壇場、田崎尚美さんの歌唱は圧倒的。途中絶叫気味でピッチのずれが気になったところもありましたが、そのテンションを保ちつつの幕切れの絶唱は完璧。凄かった!スタミナにも敬服です。
そして、今年に入って生での鑑賞4回目、常に素晴らしい宮里さん。「アリアドネ」のバッカス同様、透明感ある美声がホールをバリバリと震わせる見事な歌唱。オペラの華。素晴らしい。
と、それに比して、前日の海外キャスト組はかなり「がっかり」でした。
手放しで賞賛できるのは、ゼンタのシネイド・キャンベル・ウォレス氏のみ。舞台姿の美しさと無理を感じさせないリリックな歌唱は終盤まで持続し、田崎さん同様に幕切れの絶唱は圧巻。この日の「救済者」でもありました。
他の主要キャストは、まず冒頭のダーラント、出だし2小節くらいで「こりゃダメだ」——響かない薄い声。尻上がりに良くなってはいったのですが、なんとかこなしているレベル。オランダ人はまずまず。エリック響かず絶叫系——といったところで、深く聴く気になれず、何度も寝落ちしてしまいました。それもあって、2日目の国内キャスト組で安堵、感謝、といった具合です。
ところで、両日とも素晴らしかったのは合唱。
水夫の男声合唱の力強さ。総勢45人のプロ集団による合唱は響きもヴォリュームも圧巻。第二幕冒頭の「糸紡ぎの歌」の柔らかい女声合唱にうっとり。オペラのもうひとつの華は合唱、ワーグナーの合唱の素晴らしさ——親しみやすいメロディやハーモニーの美しさにも浸ったひとときでした。
後回しになりましたが、演出について。
長めの序曲の間、幼いゼンタが乳母マリーにオランダ人の絵本を与えられ、成長後にも絵本に耽溺する様が演じられており——オペラ本編には出て来ない物語の前提を示すこの演出は「ワーグナーは初めて」の観客が多いと思われるこのプロデュースオペラには最適であったと思います。
幽霊船は舞台奥に設置されており、場面に応じて見え隠れ。
舞台は船の舳先をかたどった三角形の八百屋舞台で、帆、舵、錨がそれのみ断片的に置かれた簡素な造り。陸での場面も同様に、デ・キリコの絵画を彷彿とさせる屋敷や教会の外観が左右に描かれたもので、あえて時代を設定しない意図があるようでした。
第二部の糸紡ぎの場面は、大きな糸巻(歯車)が天井から吊るされてはいるものの、その場所は完成した服(トレンチコート)を段ボールに詰める作業場に置き換えられていました。糸を紡ぎ、布を織って衣服を作っていた時代から、服飾の流通はECが全盛となった現代を象徴する仕掛けだったのでしょうか。
キャストも合唱も衣裳の時代設定は不明で、オランダ人のみが物語に忠実な扮装となっていました。絵本から出てきた人物、ということなのでしょう。後半、オランダ人がもたらした財宝により「成金」となったダーラントの衣裳が金ピカになっていたのは、やや「滑った」感。
といった感じで、「読み替え」演出ではなかったのですが、大きく変えてあったのは、幕切れのゼンタ。海に飛び込むのではなく、皆の見ている前で胸にナイフを突き刺して果てる、というもの。いささか唐突であったし、意図が読みにくいものでした。オランダ人の消え方も納得感薄く——といった具合で、初日海外組は歌唱の出来が今一つというのもあって、このプロデュースオペラでは珍しく、「ブラボー」なしの終演でした。
それにしても海外組。もう少し優れた歌手が集められなかったのかなぁ、と。実際に歌を聴いてのオファーではなかったのでしょうか。オペラとしては良心的なチケット金額ですが、「お値段なり」だとすれば、ちと寂しいです。
2日目終演後にピットを覗きに行きました。奥行き方向を拡張した「ワーグナー仕様」でしたが、それでも弦14型がびっちり。初日は金管楽器に若干不安定さがあったものの、弦は艶やかによく響いており、ワーグナーサウンドを楽しめました。
◇座席
初日は1階O列上手側、2日目はP列下手側。
どちらも視界がよく楽しめましたが、下手側の方が「仕掛け」がよく見える分有利でした。
実は発売日に慌てて席を取り、19日本命のはずが20日を押さえてしまって仕方なく?2日目も行ったのですが——いやー、2日目が聴けて本当によかったです。1日目だけだと完全に消化不良。それに、1日目で全体が掴めていたので、2日目はより楽しめました。痛い出費でしたが結果オーライ、大満足でした。