13時30分開演 ミューザ川崎シンフォニーホール
東京旅行の3日目。
楽しみにしていた新交響楽団の「ジークフリート」
2021年3月に新国立劇場「ワルキューレ」を代役で振り好評を博していた城谷正博氏の指揮で、アマチュア・オーケストラではトップ水準といわれる新交響楽団、それにびわ湖リングのブリュンヒルデ池田香織さん、会場は音響のよいミューザ川崎——期待していましたが、それを凌ぐ素晴らしさで、ワーグナーの世界、大好きなジークフリートを堪能できた素晴らしい演奏会でした。
新国立劇場の副指揮者で、ワーグナーを歌詞を含めすべて暗譜しているといわれる「スーパー・プロンプター」城谷氏。ライトモティーフがこんな風に編み込まれて出来上がっている音楽であったのだと新たな感動を覚えるほどの明晰な指揮。あの動機、この動機、ワグネリアン(初級)の喜び。ホールの響きがよいこともあって、個々の楽器の響きが高解像度で聴こえてくるその演奏にどっぷり浸りました。
そして、オーケストラが上手いこと!個々の奏者のレベルが高いのです。チェロ、クラリネット、オーボエのソロは素晴らしい音色。ジークフリートの葦笛の、演技を交えた「ヘタウマ」オーボエ演奏と、それに続く角笛ホルンの朗々とした輝かしい響き。パーカッションの切れのよさ。挙げればきりがない素晴らしさでした。
アマチュア=それを職業としていない、というだけのことで、プロレベルの奏者の集まりなのだと理解しました。年末に芸文センターのジルヴェスターで聴いたスーパーキッズオーケストラと話が繋がりますが、楽器も得意だけれど勉強もできて、職業選択に迷った末、音楽に進まなかった人たち——そういう方たちの受け皿になっているオーケストラなのであろうかと推測。皆さんの職業を知りたいところです。
この演奏会は「ハイライト」ということで、第1幕から3幕までのそれぞれを抜粋しての演奏だったのですが、第1幕の「ノートゥングの再生」および第2幕の幕切れ(ジークフリートの旅立ち)、それに第3幕のブリュンヒルデの目覚めから幕切れまで、と、物語の大筋が理解できるものでした。なかでも「ノートゥング」は全ワーグナー作品の中で最も好きだといっても過言でないほど好きな箇所なので、これが聴けて大満足でした(これが聴きたかったから行ったようなものです)。
歌手は、ジークフリートとミーメ、それにブリュンヒルデの3名のみ。この歌唱も素晴らしいものでした。弦16型、4管、ハープも4台の大編成オケを背にしているため、ミーメ氏はやや埋もれがちでしたが(でもこのミーメ氏、声質といい、小柄な体格といい、正に適役でした)、本場バイロイトであればオケは蓋の付いたピットの中なので、歌手には非はないと思われました。
ではありますが、3幕で登場の池田香織さんの声は響き渡っていました。玉を転がすような美声、懐かしいブリュンヒルデ様。一時期病気をされていたようですが、以前に比べてほっそりされた分若々しく見え、歌唱にはまったく影響ないようでした。目覚め前、横向きに椅子の背にもたれかかって座った体勢は、舞台を彷彿とさせるもので、シンプルながら秀逸な演出だと感じました。
ブリュンヒルデに引き上げられたのか、歌う向きなのか(このホールは非対称なので、歌う方向によって声量が異なって聴こえるのです)、1幕ではやや聴こえにくかったジークフリートも3幕ではパワーアップ。これぞヘルデン・テノールの強靭さ、素晴らしかったです。
ということで、年始早々、素晴らしいワーグナーを堪能しました。
しかし、アマチュアでこのようなハイレベルのオーケストラが存在するとは——東京一極集中をこんなところでも感じてしまった今回の旅行でした。
ちなみに、この演奏会を知ったきっかけは、11月にソヒエフ/ミュンヘンフィルを聴いたサントリーホールで受け取ったチラシ。ご存じの方もおられると思いますが、ホールの扉手前に積んである透明ビニールの袋に入ったチラシの大束。勧められるまま受け取ってしまい、袋の把手が伸びるほどの重量に後悔したのですが、2階カフェの脇でチラシの選別をしている複数の方を発見(傍らに回収用段ボールあり)。私も倣って選別しました。その際、「ジークフリート、城谷正博、1月5日、ミューザ川崎」が目に留まり——なに!?ジークフリート?あの城谷さんで!?ということで、選ばれしチラシとなった訳です。
この公演のチケットはQRコードで、デジタル化が進んではいたのですが——でもやはり、紙媒体の訴求力は大きなものがあります。
なお、プログラム・ノートもワグネリアンのクラリネット首席の方の手によるもので、文章が簡潔で快適に読め、譜例も引いたわかり易いものでした。本当に音楽が好きな方の集まりなのだな、と。アマチュアとは「愛好家」の意味で、素人を指すものではない、というどこかで読んだ文章を思い出しました。
◇座席
2階下手側最前列。
11月のラトル/バイエルンに近い席。もちろん素晴らしい音響。