14時開演 新国立劇場オペラパレス
6年前に鑑賞したプロダクションの再演。
もう一度観たい、と常々思っていましたが、意外と早い(6年を早いというのかどうか?)再演で、喜んで東京まで日帰りで行ってきました。
フィレンツェを舞台にした作品でのダブル・ビル。
前回観たときのことをかなり細かく憶えていたつもりでしたが、今回新たな発見もあり、とても充実した鑑賞体験でした。
まず、どちらも音楽が素晴らしい。私のど真ん中。
ツェムリンスキーは、やがて無調へと変わっていく音楽の潮流のなかで、ぎりぎりのロマン派。不協和音を含むオーケストラの響きにはグッと掴まれるものがあります。そしてオスカー・ワイルドの不条理なストーリーとの一致がすばらしい。舞台となっている夫妻の住まいは捻れた形状で、視覚的な演出も納得性が高いものでした。
開演前の舞台前面にフィレンツェのドゥオモが描かれた紗幕が降ろされており(2演目共通)、フィレンツェの悲劇では、長めの序曲の間、妻と浮気相手のグイード・バルディの密会がその紗幕の後ろで演じられていました。台本にはないシーンですが、これがないと観客にはわかりづらいので、親切な演出です。粟國さんの演出は「わかりやすい」という点でもセンスが良い、と思っています。
さて、この「フィレンツェの悲劇」は、登場人物は夫妻と浮気相手の3人だけ。6年前とはキャストは全員異なり、3人とも外国人歌手でした。これがそれぞれ見た目にも適役で、小柄でいかにもテノールのグイード・バルディ、美しい妻のビアンカ、そして存在感大の夫のシモーネ。このダブル・ビルは「バリトンが主役」という共通点もあります。
ストーリーはざっくりで、商人なので留守がちなモラハラ夫に嫌気がさしている妻が、青年貴族と浮気しているのですが、久し振りに帰宅した夫とそこにいた青年が口論になり決闘。夫が青年を殺してしまうものの、殺した後で、妻「こんなに強いとは知らなかった」、夫「こんなに美しいとは知らなかった」、で惚れ直す——なんじゃそら!?というお話です。
そんな事態になるまで、お互いの魅力に気づかなかったことが「悲劇」なのかもしれません。
ということは一旦置いといて、しかし、どの歌手も素晴らしくて堪能しました。それに、オーケストラの編成が大きく、かなりな音量で鳴っていたのに歌も十分聞こえていた(聞こえにくいとはまったく感じず)、ということに後から気づきました。マエストロの手腕を感じた次第です。
さて、「ジャンニ・スキッキ」。
舞台を執務机にし、登場人物を小人(金欲に目がくらんだ小人物)に見せた演出意図の分かり易さと、衣裳も含めた可愛らしい造りが私の「ど真ん中」で、再度観ることができて大満足。
前回見逃していた(覚えていない)ことのひとつは、冒頭にその机が舞台奥から飛び出すように出てくること。斜め上から飛ぶように出て来て、所定の位置に据えられるのですが、そのダイナミックな舞台機構に目を瞠りました。一昨年に観た「修道女アンジェリカ」同様、さすが新国立、と感嘆しました。
そしてもう一つ、大事なことを見逃していたのですが——6年前は4階席だったのでよく見えていなかったのかもしれません——亡くなったブオーゾが横たわっているベッド代わりの本が、「ジャンニ・スキッキ」が登場する、ダンテ「神曲」の地獄篇であったこと。終盤に表紙がめくれて本扉が見え、そこにタイトルの「Inferno(地獄)」が書かれてあったのです。演出の根幹を成す大事なことを見落としていたとは——もう一度観に行ってよかった!と感じた(反省した)次第です。
歌手では、やはり題名役のピエトリ・スパニョーリ氏が素晴らしい。「イケオジ」なカッコ良さ。中心人物の見栄えがよいと、プロダクション全体が締まります。深いバリトン・ヴォイスと遺言読み上げの声色の使い分けの巧みさ。
1950年代に設定された衣装もおしゃれでその衣装をまとった登場人物のコミカルな演技も素晴らしく、なかでもネッラ役の角南有紀さん(代役)のスーツ姿での「間の抜けた」動きはスタイルの良さも手伝って印象に残るものでした。
このプロダクションは、キャストの降板が多く、この日は角南さんを含め当初予定から5名もの交代がありました。その中のお一人、ラウレッタ役の砂田愛梨さん、なんといってもこのオペラの目玉「私のお父さん」の歌唱は声量たっぷり。可憐さよりも前向きなエネルギーを感じるものでした。それにしても、このプッチーニの美しい音楽、生で聴けている幸福感に浸るひとときでありました。
冒頭の「ウソ泣き」の動機、「遺言状」の動機などプッチーニはコメディ・センスも素晴らしくて——これ1作だけでなく、他にも喜劇を残して欲しかったな、と思ってしまいます。
ジャンニ・スキッキの後口上も決まって、プロダクション初日は大喝采で終演。
前回と異なっていたのは、助演ブオーゾが生き返ってカーテンコールに参加していたこと(笑)
幕が下りる前には、主要キャストとマエストロが手を振っておられたので、2階最前列中央に座る客の使命として?両手で手を振り返してみました。推し活(笑)
◇その他
ラウレッタとシモーネの交代は事前に決まっていたようですが、そのシモーネは前日まで同劇場で「さまよえるオランダ人」題名役の河野鉄平さん。のけぞりました。しかもオランダ人でもダブルキャストのもう一方が急遽降板した日に代役で出られていたとのことで、タフさに敬服です。オペラ歌手ってすごい。