2024年3月20日(水・祝)新国立劇場「トリスタンとイゾルデ」

14時開演 新国立劇場 オペラパレス

日帰りでワーグナーを鑑賞してきました。

毎年3月、びわ湖ホールでワーグナーを聴くのが恒例となっていたのですが、昨年のW10完遂でそれは終わり。しかし翌年東京で「トリスタンとイゾルデ」の公演が行われるとの情報は得ていたので、「来年は東京で」と決めていました。ちなみに「東京・春・音楽祭」でも演奏会形式で同時期に公演があるのは知っていたのですが、生での鑑賞はこれが初めてのため、通常のオペラ公演のこちらを選択しました。

演出はデイヴィッド・マクウィガー氏。前奏曲の間は舞台に紗幕が降ろされており、暗い海辺の端の方から月が徐々に昇り、舞台が明るくなってきたところで第1幕が始まりました。この幻想的な舞台は息を呑む美しさ。仄暗い舞台には既視感を抱いたのですが、後で調べたところ、一昨年ライブビューイングで観たメトの「ドン・カルロス」も同氏の演出でした。

「トリスタンとイゾルデ」のキーワード「夜」を示す「月」は、このプロダクションのアイコンの役目を果たしており、場面に応じて上下左右に動くほか、赤くなったり白くなったりし、時間の流れや状況を示す補助的な役目も担っているようでした。が、真横や垂直に動くのが追いきれず、月だけどウサギさんがいないなぁと妙なツッコミを考えたりも。しかし幕切れで冒頭と同じ場所に沈んでいったのは、納得感とともに感動を覚えました。

時代設定は不明でしたが、舞台美術や衣裳は奇を衒ったものではなく、音楽に没入できる演出となっていました。ただ、助演ダンサーによるマルケ王の部隊は、古代エジプトのような扮装と奇異な振り付けで違和感を抱かせるものでしたが‥。

歌手では、何といってもブランゲーネの藤村実穂子さんが素晴らしい。艶やかな声と磨き抜かれた歌唱技術。とくに中高音の鼻腔を介した丸く艶のある発声には惚れ惚れとしてしまいました(惚れたというより「ハマってしまった」というのがより近い感覚)。そしてドイツ語の発音の美しさ。語尾の子音の響きにも魅了されました。ここで同列に語るのはおこがましいですが、自分が歌う際の発声のヒントを頂戴したような気もしています。

クルヴェナールのエギルス・シリンス氏とマルケ王のヴィルヘルム・シュヴィングハマー氏(遠目にも老けメイクなのがわかりました笑)も充実した安定の歌唱。

しかし、両名とも代役となってしまった題名役の二人は残念ながらどちらも今一つ。
イゾルデ役のリエネ・キンチャ氏は独特の太い声(口腔の後方が分厚い舌で占められているような)で、高い声域は苦手なのかハイCは吠えながらなんとか到達。トリスタン役のゾルターン・ニャリ氏は、ヘルデンテノールというよりは、カラフやロドルフォが似合いそうなリリックな声で、イゾルデとは均衡が欠けるものでした。

第2幕の長大な愛の二重唱は、イゾルデの太い声が目立ってしまい美しくなくてガッカリ。1幕の終わりには「Bravo!」が飛んでいたのですが、2幕終了時にはパラパラと拍手があったのみ。観客の反応は素直です。

ただし第3幕での瀕死のトリスタンの自分語りは——今際のきわにこんな大声が出るのかという疑問はワーグナーに付すとして——このために2幕では余力を残しておいたのかと思うほど、力強く、美しい声が朗々と響き渡る素晴らしいものでした。

ところで、この日は3回目の公演でしたが、SNSなどで流れてくる前2回の感想は異口同音で「大野マエストロと都響の演奏、歌手では藤村さんが特に素晴らしい」というものでした。私の感想もほぼそれと同じです。

前奏曲——これが始まるときが期待度Maxなのですが——(冒頭オーボエがふらついたのにはドキリ)弦の響きがあたたかく、中盤に現れるヴァイオリンの艶やかにうねる響きには、込み上げてくるものがありました。全幕を通して、その抒情的な美しさは損なわれることなく、繊細に歌に寄り添い、物語に寄り添うものでした。

それだけに、題名役二人が当初通りであったなら、もっと素晴らしい出来栄えだったのでは?と思わざるを得ず、大野マエストロは無念に思っておられるのではないかと推測してしまいました。

一方で、私としてはもっとコッテリとした演奏を聴きたかったな、というのも正直なところで——ここまで表現してしまっていいの?と思ってしまう、ワーグナーの描く官能美。生でこそ聴きたかったのはこれだったのですが、ちょっと物足りなかった。前奏曲も、「愛の死」も、頂点に達しないまま終わってしまった感がありました。

最近のクラシック界では、贅肉を落としたスッキリとスマートな演奏が主流で(それは聴衆の要望と異なるのでは?という声も)、これもそれに類するものなのかと思ってしまった次第です。もう一方の東京春祭ヤノフスキ/N響はどうなんだろう?聴いてみたいな、と思ったり(行きません!)

休憩を入れて5時間半の公演でしたが、その演奏の故か長さを感じることは殆どなく、終わってみればあっという間でした。長さへの耐性は自負するところではありますが。

 

◇座席
2階4列目、下手通路側。
通路幅が広いため、遮るもののない良好な視界。ピットも見える良い席でした。

◇その他
「夜」の世界を描く楽劇を観賞したこの日は、昼夜半々の春分の日。
しかし気温は低く風は強く真冬並みの天候。新幹線は強風で遅れ、日付が変わる少し前に帰宅したときには小雪がちらついていました。

タイムテーブル

実際の終演は19時20分でした。

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