2025年11月11日(火) クラウス・マケラ指揮/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 ピアノ アレクサンドル・カントロフ

19時開演 京都コンサートホール 大ホール

先週末のウィーン・フィルに続き、コンセルトヘボウの来日公演。

やっぱりマケラはすごい!
私にとって今年最後の海外オケ鑑賞。最後にして最高の公演でした。

今年聴いた海外オケ――ベルリン・フィルのヴァルトビューネは別に置いておくとして、スカラ座、チェコ・フィル、そして先週のウィーン・フィルも、どこかしっくりこないところがあって、期待したほどの感動が得られなかったのですが――そのモヤモヤをこの若い指揮者が吹き飛ばしてくれました。

ありがとうマケラ!
神よ、彼に最上のオーケストラを与え給え!
と、私などがお祈りしなくても、再来年にはこのコンセルトヘボウおよびボストン交響楽団のシェフ就任が決まっているのですが。

楽譜を目の前に広げられているかのような明晰さ。ここにアクセントがあって、ここからはレガートで、といった、おそらく楽譜に記されているであろう作曲家の意図がこちら聴衆にも明確に伝わってくるのです。その指揮により名技集団のオーケストラが奏でる音楽は言うまでもなく美しい。

前半は、ソリストにカントロフを迎えたブラームスのピアノ協奏曲第一番。このハイカロリーかつヴィルトゥオージティな協奏曲にカントロフ。現在の若手の中で最もこの作品に適したピアニストではないでしょうか。京都に向かう電車で予習を聴きながら、あぁこれがカントロフで聴ける!と既に期待で胸がいっぱいになっていました。

と、演奏が始まり、オーケストラによる前奏部分、弦と木管の半音下がりの箇所あたりで早くも涙腺が刺激され――あぁ美しい。このあたりから既にこんなに美しい「ブラームス」だったとは。

オーケストラの音色は、ウィーン・フィルが「黄金」だとすると、このコンセルトヘボウは「シルク」。柔らかな光沢。唯一無二を感じます。

並びは、1stヴァイオリン→2nd→ヴィオラ→チェロ。先日のウィーン・フィルとは逆で上手側に低音。クラリネットとファゴットの位置反転が珍しい。

弦は16型。そのヴォリュームに全く負けないカントロフ。リサイタルで驚嘆した「凄まじさ」が発揮されるのにこれほど適した作品はないのではないかと感じました。透明感とか、いわゆる「真珠の粒を転がした」ような類の打鍵ではないのですが、豊かに拡がるグラマラスな響きはブラームスに最適。

そして、「ブラームス・トリル」を始めとする超絶技巧を、絶対的信頼を置いて聴けるこの喜びよ!ありがとうカントロフ!

オーケストラとの呼吸もピッタリで――この協奏曲の「決定版」を聴いてしまったようです。次にこの作品を聴くときもこのコンビで聴きたい。

余談ですが、今年マケラ29歳、カントロフ28歳。ふたりで並んでいると、マケラが兄貴っぽく、カントロフが弟、少年ぽく見えました(髪の毛増えたような?)。

さて後半はバルトークの「オケコン」こと「管弦楽のための協奏曲」。

予習で何回か聴いたものの、どのあたりが「協奏曲」なのかサッパリ分からなかったのですが――これも極めて解像度が高く、メリハリの効いた演奏。「今、どの楽器を聴くべきか」を明確に示してくれるもので、しかもそれが美音であるという――どの楽器も素晴らしい響きでしたが、特にヴィオラ、チェロ、コントラバスの深い響きに魅了されました。

また、ブラームスよりも律動的なこちらの音楽の方が、その指揮の魅力をより堪能できるものであったと思います。響きが波動となってホールを満たす。その振動空間の中に身を置く喜び。これこそが生で音楽を聴くことの価値――。

高いチケットの海外オケを聴いているのに、ちっともいいことを書いていないなぁ、とこのところ我がブログを残念な思いで読み返していましたが、やっと!心から満足できる演奏に巡り合えました。惜しむらくは――拍手が早すぎたこと(フラ拍)。最後の一滴が味わえず。

 

◇ソリスト・アンコール
ブラームス:「6つの小曲」op.118より第2番「間奏曲」
タブレットの楽譜をピアノの中に置いて。じんわりとあたたかな音色でブラームスを堪能。

◇オーケストラ・アンコール
ヨハン・シュトラウスⅡ世:「ハンガリー万歳」
アンコールなしのウィーン・フィルに代わってJ.シュトラウス?掛け声つき。

◇座席
1階下手側17列
壁に近い席でもやや耳が遠くなった感の響き。3階の壁際の方が明瞭。このホールの音響はやはり難しい(シンフォニーホールで聴きたかった)視界は良好、ピアニストの手元はバッチリ。

(「おしながき」みたいなA4ペラ1枚のプログラム)

 

 

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