17時開演 横浜みなとみらいホール 大ホール
沼尻マエストロと神奈川フィルが2023年にスタートさせたセミ・ステージ形式でのオペラ上演「Dramatic Series」の第3弾。ワーグナーが聴けるとあって、横浜のみなとみらいホールに初めて足を運びました。
弦16型にワーグナーテューバ、ハープが6台(オルガン席に更に1台)等、大編成のオーケストラが舞台いっぱいに並ぶ様は壮観。先月静岡で観た「ナクソス島のアリアドネ」の約3倍の規模。まだ何の音も出ていないのに、その眺めにいきなりウルっときてしまいました。こうして直にオーケストラを見ることができるのも演奏会形式のオペラの魅力です。
そして、キャストが豪華。びわ湖リングでお馴染み、かつ日本を代表する歌手の方々——まったく抜けのないキャスティング、そして素晴らしいパフォーマンスでした。
「セミ・ステージ形式」と謳ってありますが、歌手は動きを伴った演唱ではあるものの衣裳の誂えはなく(自前のドレスや燕尾服)、舞台装置もなし。パイプ・オルガンへのライト照射で「見立て」の場をつくる演出がなされていました。パイプ・オルガンが、ラインの川底から聳える黄金を頂いた岩に見えたり、竣工相成ったヴァルハラ城に見えたりし、さらに終盤では虹が出現するなど、秀逸なライティングとなっていました。
オルガン席は売り止めにしてあり、中央ブロックに10席分の幅の横書き字幕(見やすかった!)、その後ろにニーベルハイムの金床(奏者9名)が並び、またラインの乙女がここで演唱するなど、効果的に使われていました。なお、1階席の前2列も売り止めで、最前列中央にプロンプター氏。堂々と?譜面台を立てており、オペラの舞台裏(下?)開陳といったところ。やはりワーグナー作品には必須なのですね。裏方が見られる楽しみもありました。
さて、その演奏ですが、前述のように、とにかく歌手が素晴らしい。ヴォータン青山さんはやはり声がいい!久しぶりに聴けて嬉しかった!そして、ファーゾルト&ファーフナーの巨人兄弟は妻屋秀和さんと斉木健詞さん。お二人とも190㎝くらいの長身で、ヴォータン青山さんとの身長差は20㎝くらい?ライトモティーフに合わせて「のっし、のっし」の足取りでの登場は、巨人そのもの。いやー、これは楽しい!メルヘンですね、ワーグナーは。童心に帰ってしまいました。
その一方で、アルベリヒの志村さんはバス歌手であるのに小柄というこれも得難い人材。ミーメの高橋淳さん(芸達者!)と合わせ、この兄弟も最強コンビ。日本でのリング上演では、このお二人以外にあり得ないような気がします。
女声陣も素晴らしく、ラインの乙女は歌唱も姿も皆美しいし、フリッカの谷口睦美さんも威厳ある美しさ、フライア船越亜弥さんの艶やかでよく通る声。そしてエルダの八木寿子さん——ちょっとだけ出てきて一番エラい!説得力。
と、ところで、今回最も印象に残ったのは、ローゲの澤武(さわぶ)紀行さん。燕尾服の男声陣の中にあって、ひとり赤い髪、赤いボウタイにチーフ、と役に寄せた衣裳はキャッチー。そのよく通る声とキレのある演技は舞台に推進力をもたらすものでした。「ラインの黄金」を観るのはこれが3回目だったのですが、ローゲはいわゆる「狂言回し」の役柄だったのだと初めて気づきました。彼だけが半分人間の「半神半人」で、それゆえ神々(主にヴォータン)の愚行を客観的に眺めている——ローゲに断然興味が湧いてきました。その出自は如何に?ローゲを主人公にしたスピンオフが作れるのでは?と妄想(楽しい!)。
また、もうひとつのトピックとして、ニーベルハイムで叩かれていた「金床」。これは地元の京浜急行の協力のもと、実際のレールをカットして制作したものであるとのこと。それぞれ長さ(音程)の異なる9本のレールを9名のパーカッション奏者がそれぞれのリズムで一斉に叩くのですが——その金属音は十分に音楽的で、ホール全体を包み込む響き。初めて体験する何ともいえない音響体験でした。一方で、舞台に照射された赤い照明と相俟って、フル稼働の金属加工場に入り込んだような錯覚を起こさせるものでした。産業革命後に工場で強制労働を強いられ搾取される人々、およびその社会構造の暗喩。ワーグナーが作品に込めた意図が伝わる優れた演出であったと思います。
そして、びわ湖におられた時と同様に、地元を巻き込み、学園祭的に盛り上げていく沼尻マエストロの手腕を改めて感じる機会でもありました。あの頃のびわ湖の音楽祭は楽しかったなぁ、と思い出しつつ——せっかくなので、このまま神奈川フィルでもリング・ツィクルスを完結して欲しいな、と。これはアンケートでも多く寄せられた要望のようなので、実現するのではないでしょうか?今後はヨコハマ通い?楽しみです(笑)
ところで、こんなにも充実した内容で、S席8,000円という、先月のアリアドネ同様に破格のチケット金額。にも拘わらず、空席が見受けられ勿体ないと感じました。やはりワーグナーはハードルが高い、と思われているのでしょうか。この日のコンサートマスターは、ゲストコンマスの扇谷泰朋氏。ここ神奈川フィルのコンマスであり、びわ湖ワーグナーのコンマスでもあった石田組長であれば、組長目当てのファンで埋まったかも?とチラリと考えてしまいました。
◇座席
2階最前列下手側。
手摺の横桟がまともに被り、大変見づらい。後ろに気を遣いつつ、前のめりでの鑑賞。