14時開演 びわ湖ホール 小ホール
国内屈指の常設ピアノトリオ、葵トリオを初めて聴きました。

こんな表現には語弊があるかもしれませんが――まさかピアノ・トリオで涙が出るとは思っていませんでした。それほどに素晴らしく感動的な公演でした。
ヴァイオリン小川響子さんは昨年の芦屋国際音楽祭で、ピアノ秋元孝介さんは今年9月にカフェ・モンタージュで聴き、その素晴らしさは知っていたのですが(なので葵トリオを聴かねば!と思っていたわけですが)、初めて聴くチェロの伊東裕さんの雑味のまったくない美音にも魅了されました。
大学時代に結成され、来年10周年を迎えるこのトリオは、もうお互いの出方はわかり切っているのか、ひとりひとりが自由に歌ってもぴったりと合っている。どんなに強く弾いても音量バランスが崩れることがない。その鉄壁アンサンブルを土台として、多彩な表現力で以って紡がれる音楽は、これはもう「芸術」だと思った次第です。
前半は、リリ・ブーランジェ「悲しみの夜に」およびドビュッシーのピアノ三重奏ト長調、後半はチャイコフスキーの大作「偉大なる芸術家の思い出に」。
なんといっても、後半のチャイコフスキーが圧巻。
チャイコフスキーが、ピアニストでありモスクワ音楽院の院長でもあった「偉大なる芸術家」ニコライ・ルビンシテインの死を悼んで作曲した作品。何度か現れる悲痛な主題が印象的なのですが、その表現にすっかり持って行かれました。
第1楽章の後半で、この主題が再現された際のヴァイオリン。敢えて摩擦音を強調させた音色で、「これは、すすり泣いているのだ」と感じ取った瞬間、涙が溢れそうになりました。
そこからはもう彼らの奏でる音楽に没入。
第2楽章に入り、極めて見通しのよい演奏で進んでいく明るい曲調の変奏曲。やがて終曲のコーダに入って短調に変わり、途切れることなく冒頭の主題が大きな呼吸と共に一層強く再現されたとき――そのダイナミックな表現は息を飲むもので、感動の波が押し寄せてきました。これは今後も残り続ける記憶。その後、ピアノによる葬送の歩みで締めくくられ――しばらく拍手もできないほどに打ちのめされました。
先日のマケラ/コンセルトヘボウ/カントロフに続き、今年のハイライトともいえる公演。年に何度もない感動体験でした。
後先になりますが、前半に演奏されたドビュッシーの作品についての解説を読むと、ドビュッシーがこの作品を書いた頃(18歳)、チャイコフスキーの支援者であったフォン・メック夫人の家庭の音楽教師をしていたとのこと。なんと!チャイコフスキーとは文通だけで一度も会わなかったのに⁉ 初めて知る話に驚きつつも――このプログラムはそのつながりで組まれたものだったのですね。

◇アンコール
アレンスキー:ピアノ三重奏曲第1番 ニ短調 op.32 第2楽章
◇座席
下手側5列目
やや首が痛くなる位置。音響はよし。

