2023年11月1日(水)本と音楽の素敵な出逢いvol.2「羊と鋼の森」 ピアノ金子三勇士

13時開演 大田区民ホール・アプリコ 大ホール

チェコ・フィルの翌日、せっかく東京に来たのでマチネでよい演奏会がないかと検索して探し当てたのがこのトーク・コンサート。なんとタイミングよく、よい公演があったものだと嬉しくなりました。

ピアノ調律師が主人公のこの小説は何年か前に読んだことがあり、調律の世界を教えてくれるものでした。
その作者の宮下奈都さんと、ナビゲーターに浦久俊彦さん(浦久さんの著書も読んだことがあります)、そしてピアニストの金子三勇士さんと調律師の大橋宏文さんの4名で、小説や調律に関するトーク、調律のミニレクチャー、そして金子さんのピアノ演奏まで聴ける、という充実の内容でした。

この小説は、宮下さんが一時家族とともに北海道のトムラウシに住んでいた際、その美しい自然の描写と同様に言語化することが難しい音楽を組み合わせたら何か作品ができるのではないか、と思いついたところから生まれたそうです。

一方、金子さんはお母様がハンガリー人で、6歳の時にピアノを学びたくて祖父母の住むハンガリーに単身で渡ったとのことで(6歳でそこまで自我が確立されているのはやはり常人ではないです)、ハンガリーの祖父母宅が自然に囲まれた環境で、またハンガリーと北海道は同緯度ということもあり、この小説の自然描写に深く共感するものがあったとのことでした。

金子さんがハンガリーに因んだリストとバルトークの作品を演奏した後に、感想を求められた宮下さんが涙ぐんで言葉を失っておられたのが印象的で——私も演奏を聴いて涙ぐんでしまうことがしょっちゅうあって、このブログにもよく綴っていますが——これって大袈裟な反応だと思われているんじゃなかろうか?と考えたりもしています。が、やはり美しいもの、心の琴線に触れるものに出会ったときには、このような状態になっていいんだ、と肯定されたような安堵感を覚えました。

調律師の大橋さんが、ピアノからアクションを取り出してみせてくださるコーナーもあり、これも興味深いものでした。「羊と鋼」の「羊」とは、ピアノのハンマーに巻かれているフェルトのことなのですが、取りだされた状態でハンマーが動くのをみると、丸っこいハンマーが羊の群れのようにも見えて面白かったです。

前半の演奏コーナーで宮下さんが選ばれた名曲は、ショパンのノクターン、「子犬のワルツ」、「幻想即興曲」、およびベートーヴェンの「月光」。一見メジャーな初心者向けプログラムのように見えますが、子犬以外の3曲は「嬰ハ短調」、子犬は「変ニ長調」で同主調。この調性の一致は考えてのことですか?との金子さんの問いに宮下さんは一言大きく「はい」。やはり、音楽にはかなり精通していらっしゃるのですね。それをあえて語ろうとはしない姿勢にも知性を感じました。

この区民ホールは座席数1,500席弱で、木調の内装が豪華で美しいホールでした。区民ホールでもこのレベルで、東京はやはり違うなと実感。演目に合わせて舞台の反響板が移動でき、音響的にも配慮されているとのことですが、やや残響が長く、和音を連打した際などにピアノの音がダンゴ状に残ってしまっているのが少々残念ではありました。

しかし金子さんは、ルックスも所作も格好よくてしかも声もいい。ラジオ番組も持っておられますが、こういったレクチャー系の演奏会にもぴったり。ピアニストもタレント揃いのよい時代になってきました。

◇アンコール(プレゼント・ステージ)
・アーティストが作家に贈る「とっておきの1曲」
スカルラッティ:ソナタ ト長調
・作家がそっとしまっておきたい「思い出の1曲」
ショパン:「別れの曲」 「この世とお別れするときこの曲を金子さんに弾いてほしい」と宮下さん。「そんな依頼をうけたのは初めてです笑」と金子さんは応じていましたが、訥々と語り掛けてくるようなこの演奏は胸に響くものでした。

◇座席
1階24列下手側。
平日昼にもかかわらず、前方の席はほとんど埋まっていました。

タイトルとURLをコピーしました