15時開演 兵庫県立芸術文化センター KOBELKO大ホール
藤田真央さんと真央さんの師でもあるキリル・ゲルシュタイン氏の2台ピアノによるリサイタル。日本国内10か所で行われる公演の2日目を鑑賞しました。

よく練られたプログラムで、お二人のピアニズムを堪能できる素晴らしい演奏会でした。
ゲルシュタイン氏は映像でしかその演奏に触れたことはなく、そのいずれもがラフマニノフだったのですが、この作曲家の故郷ロシアよりも、後年の拠点アメリカの摩天楼の夜景を彷彿とさせる都会的な洗練と、ジャズに通ずる切れの良いリズム感が素晴らしく(と、ここまで書いてゲルシュタイン氏自身もロシア(ソ連)生まれでアメリカ市民権を獲得という共通点に気づく)、一度生で聴いてみたいと思っていたピアニストでした。
実演に触れてもその印象は変わらず、真央さんが師匠に選んだのも納得。音の美しさ、切れの良さ、という点でもお二人での演奏は相性の良さを感じるものでした。
冒頭はシューベルト「創作主題による8つの変奏曲」。
予習の段階で曲の中盤(第5変奏?)の主題がベートーヴェンの交響曲第7番2楽章の主題にそっくりなことに気付いたのですが――「創作主題」とはいうものの、これはベートーヴェンからの借用であって、ベートーヴェンへのオマージュともいえる作品なのではないか、と推測。
とすれば、プログラム後半のブゾーニ「モーツァルトの『ピアノ協奏曲第19番』の終曲による協奏的小二重奏曲」とも関連し、シューベルトからラフマニノフまでほぼ年代順に並べたプログラムの陰に、古典派のモーツァルトとベートーヴェンが存在している、というなかなか凝った趣向なのではなかろうか?と演奏からは離れたところで勝手に妄想を膨らましておりました。
と、前置きが長くなりましたが――1曲目のシューベルト。プログラムではこの曲のみが連弾で、プリモはゲルシュタイン先生。私の位置からは巨体の先生に被って真央さんがまったく見えなかったのですが(笑)、演奏が始まってまもなく、まるで同じ人物が4本の手で弾いているかのような音楽の同質性を感じました。これは2台のピアノになっても同じ。前述しましたが、師匠と弟子以前の音楽的共感がお二人にはあるのだろうと感じたところです。
2曲目シューマンの朦朧とした世界観からラヴェル「ラ・ヴァルス」の「渦巻く雲」への繋がりの秀逸さ。「ヴァルス」の激しいカオスの表現――不協和音を含みながら、ダンサブルに歯切れよく進む中間部、その快い推進性に涙腺を刺激されたりも。2台で弾かれる迫力。
休憩後はブゾーニ。このモーツァルト由来の作品、聴きたかった「真央節」が聴けました。あのコロコロと粒立つ打鍵。愉悦感。モーツァルトのソナタ全曲リサイタルを聴いてきた身としては、「久しぶり!」と思わず笑顔になりました。真央ファンは皆これが聴きたかったのでは?(それにしても、約3年前までは小ホールで聴けていた贅沢を今しみじみと感じています)
この曲が、先生と真央さんの音質の違いがもっとも現れた演奏ではなかったかと思います。例えるなら、先生は「クリスタル」で真央さんは「真珠」。いずれも屈指の美音――。
プログラム最後は、ラフマニノフ「交響的舞曲」。重量級の音楽。プリモ真央さんの奏でる重低音のリズムが印象的。加えて、驚異的なタイミングの一致。お二人のやりとりは座席の位置と視力の悪さで残念ながらハッキリとは見えなかったのですが、最後の和音をビシッと揃えて弾き切ったあとの「やったぜ!」感はスポーツを見ているかのような爽快感がありました。
スタンディング・オヴェイションも起こる熱狂的な喝采で、アンコールは3曲。3曲目の「スラヴ舞曲」は嬉し過ぎでした。

◇アンコール
ドビュッシー:リンダラハ L.97(2台ピアノ)
ラフマニノフ:ワルツ op.11(連弾)
ドヴォルザーク:スラヴ舞曲より op.72-2(連弾)
◇座席
1階P列下手側。
「ブロック指定」で確保した座席。まぁまぁの視界――斜め前の男性が連れの女性の方に傾くと大いに視界を遮られ‥。

