19時開演 いずみホール
いずみホール今年度のコンサート・シリーズ「バッハ2025綾なす調和」に先駆けたレクチャー・コンサート。
昨年のシリーズ、メンデルスゾーンと今年のバッハ、それぞれの傍らにいた女性に焦点を当てた内容で、バッハの妻アンナ・マグダレーナとメンデルスゾーンの姉ファニーにまつわる作品で構成されたプログラムとなっていました。
いずみホール音楽アドバイザーの堀朋平氏とソプラノ松井亜希氏、それにピアノが阪田知樹氏という豪華な組み合わせ(目当てはもちろん阪田さん笑)。
アンナ・マグダレーナは楽譜の浄書を行うなど夫バッハの片腕であったこと、ファニー・メンデルスゾーンが多くの作品を残している音楽家であったこと、などは知っていましたが、実際に手掛けた音楽を聴くことはこれまでなく、堀さんを中心に出演者3名による解説もわかりやすいもので、貴重な機会でした。
第1部冒頭は、ファニーの作品「ズライカとハーテム」をピアノのみで。本来はソプラノとテノールの二重唱の作品とのこと。
続いて、アンナ・マグダレーナの音楽帳から。「小学生が弾くような(堀氏談)」平易なピアノ作品のあと、歌曲「タバコをふかしてばっかりよ」。タバコとは歌詞から察するに陶器製のパイプ。それは置いておいて、この作品はバッハ、アンナの長男(音楽の才能はあるが自閉症だったとも)、アンナの3人での合作。こうして楽譜に残っていることで、現在でも演奏可能なのですね。
「音楽帳から」の終曲「あなたが共にいてくれるなら」は、バッハ作とされてきたものの、同時代のシュテルツェルの作品と言われており、松井さん曰く「音型がバッハではない」。松井さんの透明感あるソプラノで歌われる美しいアリアは、私の耳にはヘンデルのように聴こえました。シュテルツェルの作品は楽譜がほとんど残っておらず、全貌が不明とのこと。後世に残る作品とそうでない作品を分ける大きな要因は、楽譜の有無——。
続いては、マタイ受難曲のソプラノ・アリアの旋律で歌われる「喜びをもって世を去りましょう」の追悼カンタータ。アンナは優れた歌い手であったものの、当時は教会で女性が歌うことは禁じられており、これは唯一アンナが人前で歌った記録が残っている作品とのこと(どこで歌ったかの解説は失念)。
その後は、リスト編曲ピアノのみでの「歌の翼にのって」。続いてファニーの作品1-1「白鳥の歌」。「最晩年の傑作」の代名詞「白鳥の歌」が最初期の作品?なのですが、ハイネの詩によるもの。
そして、第1部の締めくくりはピアノの大曲、フェーリクス・メンデルスゾーン「厳格なる変奏曲」。それまで「小学生レベル」の作品と歌の伴奏だった阪田さん、ピアノの譜面台が取り外され、いよいよ本領発揮。これは素晴らしかった。「17の変奏」との解説だったので、つい指折り数えながら聴いてしまいましたが、優れたピアニストで聴くと次の展開の予想も楽しい。なかでも中盤の和音高速連打を極めて軽やかに、こともなげに弾きこなす技術。阪田さんを聴くときはいつもそうですが、「痛快」で、ニコニコで聴きました。
第2部は、ファニーのピアノ・ソロ曲と歌曲。
それにしても阪田さんはカメレオンのよう。室内楽のコンサートも何度か聴いていますが、「役割」にスッと溶け込んでしまうのです。ラフマニノフのコンチェルトをバリバリ弾くコンサート・ピアニストが歌の伴奏というのは、なかなかのレア・ケースだと思うのですが——ある意味贅沢な鑑賞体験でした。
最後に弾かれたファニー編曲バッハ「ソナティーナ」、これがまた素晴らしくて——阪田さんがバロックを弾くのを初めて聴きましたが、半透明のガラス玉を思わせる、大きめに揃った粒立ち、ここのホールのスタインウェイの音色。アンデルジェフスキの平均律を思い出してしまって——阪田さんでバッハも聴いてみたい——。
と、ほぼ阪田さん推しの内容になってしまいました。「その声を聴く」なのにピアノばかりの感想で申し訳ありません‥。
◇アンコール
ファニー・メンデルスゾーン:「ズライカとハーテム」をソプラノ付きで。
◇座席
いつものP列下手側。視界良好、手元がよく見える(先週の務川さんもここで聴きたかった)。