15時開演 いずみホール
務川さんのフォルテピアノとモダンピアノの2日連続演奏会の2日目、モダンピアノでのリサイタル。

1日目のフォルテピアノも行きたかったのですが(実はこちらが本命)、別用があったため、2日目のモダンピアノ回のみを鑑賞。
しかし、「両方のピアノを聴き比べる」というコンセプトを抜きにして、これが単体のリサイタルであったとしても、強く心を掴まれる素晴らしい演奏会でした。感動‥。
前半にバッハ、ショパン、後半にシューベルト、ブラームス、結びにベートーヴェン「熱情」というプログラム。
1曲目のバッハ「イタリア協奏曲」の第1楽章アレグロから既に涙腺が緩む美しさ。敢えてモダンピアノに寄せて演奏されていたのかは、1日目を聴いていないのでわかりませんが、1音1音を短く切るのではなく、次の音につなげるように持続させ、かつテンポを揺らしたり左右のタイミングをずらしたりとロマン派に寄せた演奏のように聞こえました。
今回は、2階下手側のバルコニーの舞台にかかる前方の席を取ったのですが、大正解でした。ここで聴くピアノの音はおそらくピアニストが聴いているのと同等の響きだと思われるのですが、その音の美しさ、揃った打鍵をより身近に享受できる素晴らしい音場だったのです。
アレグロに続く緩徐楽章の素朴な美しさ。確かな美音で奏でられる簡素な音形が心に滲みる――と、ここで一昨年聴いたラヴェル右手の緩徐楽章が思い起こされ、さらに増す感動。
バッハでこんなに心を動かされるとは思っておらず――これまで、ピアノリサイタルの冒頭に置かれたバロック作品は「指慣らし」程度の受け取り方でしか聴いていなかったので、小さな衝撃でもありました。
バッハに続くのはショパン。「ショパンが好きすぎるので、ショパンコンクールには出ない」と以前仰っていた務川さん。どの作曲家を弾いても素晴らしいけれど、でもやっぱりショパンが似合う。SNSなどで務川さんが書かれた文章を読む機会がありますが、そこに綴られた、心の動きのようなもの(それは常に共感を覚えるものなのですが)は、ショパン特有の次々に移ろう曲想にも重なります。
と、しかし、ショパン作品の最後に弾かれた「バラード4番」末尾の激情の圧倒的なヴィルトゥオジティ。これにはやはり大きく心を持って行かれます。この箇所の直前の「来るぞ、来るぞ」の期待感と、「来たー!素晴らしい!」と思う喜びと。
やや被り気味に沸き起こった喝采は、聴衆の感動と興奮を直截に表すもので、皆が「そう!素晴らしかった!」と感情を共有した瞬間ではなかったかと思います。
休憩後は、シューベルト、ブラームス、前述のベートーヴェン。
これがまた素晴らしくて――。シューベルト「即興曲第3番 変ト長調」。ちなみに前半のショパン作品のひとつは、全く同じ曲名・調性の「即興曲第3番 変ト長調」でしたが、それとは趣を異にし、こちらは完全に「歌曲」。右手外側で奏でられる「歌」、残りの右手と左手で奏でられる伴奏、これが一人のピアニストが演奏しているとは思えないほどに、3声での構成を忘れさせるほどに、歌と伴奏のそれぞれが際立ち、「歌」のレガートの効いた伸びやかな旋律に、これまた涙腺が緩んでしまいました。
続いてのブラームスの間奏曲2作品。こちらはソフトペダルを使い、非常に内省的な表現。個人的な「小さな幸せ」を思わせる演奏。派手に感情に訴えるのではない、ブラームスの人柄、人生に思いを巡らせるひとときでした。
終曲のベートーヴェン「熱情」。
このダイナミック・レンジ、特に強音で激しく奏でられるクライマックス部分には、ベートーヴェンは、やがて創られるモダンピアノを既に予見していたのではなかろうか、と感じずにはおられませんでした。また、交響曲第5番以前のこの作品で、既に「運命の動機」が何度も現れるのを聴いていると、聴力を失いつつある中で、頭の中で鳴る音は現実から乖離し、もっともっと強く!と理想化されていっていたのではないか――そんな妄想をも搔き立てられるものでした。
前半のショパンのバラード同様、激烈な表現で以って締めくくられた演奏。こちらも前半にも増して熱狂的な喝采とスタンディング・オヴェイション。
それにしても、ここまで各作曲家の「在りよう」、「作曲家像」を描き出したリサイタルはこれまで経験したことのないもので、この回だけでも聴けてよかった。演奏自体の素晴らしさのみならず、様々な洞察を与えられた貴重な鑑賞体験――と、まとめると途端につまらない――とにかく、大きな感動を得た演奏会でした。

◇アンコール
ショパン:ピアノ協奏曲第1番 2楽章 (ピアノソロ編曲:務川慧悟)
アンコールの前にマイクを持って登場の務川さん。「熱情」について、私が聴きながら考えていたこと――ベートーヴェンはモダンピアノを既に予感していたのではないか――と仰ってました(我が考察は正解、嬉しい)。
そして、アンコールは前日のフォルテピアノ回と同じだけれど、せっかく編曲したのでまた弾きます、と。こちらも涙腺緩み。尺の長さにも感謝。
以前SNSに「学生時代にチャイコフスキーの協奏曲を一人で演奏する、という『遊び』をしていた」と、その演奏の冒頭を上げておられましたが、それと同じ趣向ですね。「遊び」――その天賦の才に羨望の念も。
◇座席
前述しましたが、2階下手側バルコニー前方。
ピアノの音響的には最善の席(ピアニストの表情を見られないのが残念)。

