2024年8月8日(木)日本テレマン協会第542回マンスリーコンサート 浅井咲乃ヴァイオリン・リサイタル

18時開演 大阪倶楽部

テレマン室内オーケストラのコンサートマスター、浅井咲乃さんのリサイタル。

浅井さんは、私が以前所属していた「宝塚ベガメサイアを唱う会」の公演時のコンサートマスターとして既知のヴァイオリニストでしたが、合唱ひな壇からその横顔を拝見するのみで、ソロでの演奏を聴くのはこれが初めてでした。今回は、浅井さんが得意とするクライスラーを採り上げたプログラムで、有名な小曲以外の作品も知ることができた有意義な演奏会でした。

伴奏はピアノではなく、テレマン・オーケストラの弦楽器奏者による、ヴァイオリン2、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、という贅沢な編成。

前半は、よく知られた小曲と、最後に「ヴィヴァルディの様式による協奏曲」。クライスラーはこの楽曲を当初「1700年代の作品の蘇演」と称して演奏していたそうですが、後にこれ以外の作品も含め自作であることが暴露されて一大センセーションになったとのこと。そのようなことをしたのは「自作ばかりでは聴衆が飽きるし、自分の名前が出ると他のヴァイオリニストが弾きにくい」のが理由だったとのことですが、なんだかあっけらかんとしたユーモアのある人物像が窺えます。

後半1曲目の弦楽四重奏曲は1楽章のみの演奏でしたが、ロマン派最後期の和声が感じられて興味深い作品でした。「故郷ウィーンへの賛辞」であるそうですが、ウィーンで活動したシェーンベルクの前期やツェムリンスキーなどに感じる退廃的な雰囲気が垣間見えて、これは全曲聴いてみたい——クライスラーは、「耳馴染みの良い小曲をいくつか作っているヴァイオリニスト」というのが私の認識でしたが、もっとその作品にスポットが当たってもよいのではないかと感じました。

曲間のトークによってクライスラーの人物像を知ることができたのも収穫で——早くから神童として知られ、当時の音楽家たちから愛される存在であったこと、天才過ぎて音楽院を修了する必要がなかったこと、妻が裕福な家の出身であり、かつ敏腕マネージャーであったことなど——これらの話は、テレマン協会音楽監督かつこの公演のディレクターの延原武春氏によって語られたのですが、気さくな関西弁でのユーモアを交えた巧みな話術はさすがでした。

大阪倶楽部の建物は、大正13年竣工で今年でちょうど築100年(甲子園と同い年)。南欧風の外観に東洋的なデザインが加味されたもので、細部まで意匠が凝らされており、登録有形文化財にも指定されています。

会場の4階ホールは室内楽にちょうどよい規模感。その瀟洒な空間にぴったりな音楽を、一流の演奏で、大阪ならではのユーモアを交えたトークを聞きつつ味わう——なんとも言えない贅沢な気分で満たされました。この公演は、大阪倶楽部が掲げる「知の交流とこころの触れ合いの場」そのものではないかと感じた次第です。

といういうようなことで、演奏はもちろん素晴らしいものだったのですが、その場の雰囲気も楽しめ、新たな知識も得ることができた充実のひとときでした。

ところで、帰ってからクライスラーについて色々と調べたのですが——年代的(1875年生まれ)には、ラヴェル、ラフマニノフ、シェーンベルクなどと同世代。かなり長命で没年は1962年。残念ながら?我が人生とは被っていませんが、昭和の中頃まで存命だったのは親近感があります。

ちなみに、延原先生が紹介された、クライスラーのエピソードをひとつ。
リサイタルの最中、どこを弾いているのかわからなくなったクライスラーが、ピアノのラフマニノフに「今、どこ?」と尋ねたところ、返ってきた答えは「カーネギーホール!」——後年のつくり話かもしれないけれど、かなり好きな話です。

◇アンコール
ドヴォルザーク:ユーモレスク
この作品は元々8曲からなるピアノ作品で、その中の1曲をクライスラーがヴァイオリンとピアノに編曲して有名になったとのこと。
この演奏、メロディアスな旋律はもとより、重なり合う弦の響きがあたたかく、ウルっとしてしまいました。

クライスラー:「美しきロスマリン」
前半の「愛の喜び」「愛の悲しみ」と合わせ、「3つのウィーンの古い旋律」。

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