2021年5月29日(土)「カルメン」プレトーク・マチネ

11時開演 びわ湖ホール 小ホール

毎回楽しみにしている「プレトーク・マチネ」。梅雨の晴れ間の休日にびわ湖ホールに出掛けてきました。

前回「ローエングリン」では、コロナ対策のためか歌唱紹介はなかったのですが、今回はカルメン、エスカミーリョ、ドン・ホセのアリア演奏もあり、充実のプレトークでした。

冒頭、これまでの「指環」および再来年の「マイスタージンガー」の制作費用が膨大であるため、比較的安くて済む「カルメン」を採り上げたのでは?という岡田先生のジョークから始まり、びわ湖ホールらしく、作品の背景についてもワーグナーとの対比や関連性についての言及が多い印象でした。

・ビゼーとワーグナーとニーチェの三角関係?について
ニーチェは当初たいへんなワグネリアンでその教祖的存在であったのが、「ある時」から攻撃に転じ、「カルメン」が初演されるとこれを絶賛、20回以上も鑑賞したとのこと。そのことに対し、ワーグナーはビゼーに激しい嫉妬心を抱いたのだそうです。
その「ある時」とは、バイロイト祝祭劇場のオープニング時のこと。それまでの貴族、ブルジョワの社交場であった歌劇場と一線を画したはずのバイロイトであるのに、蓋を開けてみれば世界中からありとあらゆる金持ち(ブラジルの王様まで)が詰めかけていることを目の当たりにし、ニーチェはワーグナーの正体(=俗物性)を見抜いてしまった。つまり「『難解なもの』が『芸術』として売れる」ことをワーグナーが本能的に知っていると気付いてしまった、ということなのですがーー私が思うにこのときニーチェが感じたのは「胡散臭さ」だったのではないかと(笑)。目の前の景色がサッと変わって「醒める」瞬間があったのではないか、と想像しています。
その体験から「カルメン」の「単純さ」「直截さ」に新しい感動を覚え、魅了されたのだろう、とのことでしたが、しかしそれにしてもキャッチーなメロディがこれでもか、これでもか、と次々に現れる「カルメン」は、そんな前経験がなくても万人が魅かれるオペラなのではないかと思います。

・オペラ史における「カルメン」
「カルメン」はオペラの歴史において転換点的な作品であり、それまでの神話や王族を題材としていたものとは一転、庶民しかも「ロマ」が主役であるということ、そして舞台上で殺人が起こる、ということは画期的で、その後のヴェリズモ・オペラ(「道化師」「カヴァレリア・ルスティカーナ」など)につながっていった作品。
当時の閉鎖的な市民社会に疲弊していた聴衆にとって、移動生活者のロマ、誰かに「所有されたくない」自由なヒロインのカルメン、物語の舞台であるピレネー山脈を越えた先の「異国」セビリアは、現実逃避願望を満たしてくれるものであったようです。

・音楽について
これもワーグナーとの対比としての説明で、「ライトモティーフ」は一切なし。瞬間的に「今」を楽しむ音楽で、これはカルメンの生き方にも重なる。また、ラヴェル「ボレロ」と同様、同じ音型が繰り返される「音色変奏」の手法で、これは民族音楽的。――同じリズムの繰り返し、というのは原始的でもあり、心の奥底に響いてくるものがありますね。

このオペラには、ビゼーの書いた歌手がセリフを喋る版と、ビゼーの死後に友人のギローがセリフ部分をレチタティーヴォとして書き直した版があり、外国(仏語でない国)ではこのギロー版が使われることが多い。しかし最近ではビゼー版に戻る潮流もあり、今回はその折衷版になりそうだ、とのこと。(新国立のプロダクションなので、大野さんと演出家オリエ氏とが相談して決めているそうです)

音楽についての説明の部分では、マエストロ節炸裂?
カルメンの音楽は、その大衆性の高さからよくCMソングとしても使われているとのことで、「たったの3分親子丼♪」←闘牛士のテーマ、KDDIの斎藤晴彦氏歌う「おたくで1分310円」←前奏曲、などを歌われたり、岡田先生の「(ピアノ)もっと弾いて」のリクエストに応え「調は忘れちゃったけど」と仰りながら即興で「セギディーリャ」他を弾かれたり(調など関係なく複雑な和声で容易に再現できる、すごいです)・・私はこれが楽しみで行っているようなものです(笑)

休憩後は楽しみにしていたアリアの歌唱。その際マエストロが「エスカミーリョを歌える歌手は世界的にも少なくなっている」と仰っていて、草食系男子の流行は世界的なものなのか、と妙に納得してしまいました。その方が平和的で私は歓迎なのですが・・このことについて触れ始めるともう1本記事を書けそうなくらい長くなりそうなので以降省略。

歌唱はなんといっても清水徹太郎さんのドン・ホセ! 徹太郎さんの素晴らしいところは、こちらが一瞬先に抱く「期待」をいつも常に超えてくださるところ。「次、高くなるところ~(期待!)」と思っていると、思っている以上に透明感ある高音がぴーんと響いてくるので、きゅーん!と嬉しくなってしまうのです。オペラ本番並みにひとり盛り上がってめちゃ拍手してしまいました。

ところで、このプレトークでは最後に「質疑応答」のコーナーが設けてあります。開場時にプログラムと共に渡される「質問用紙」に記入して休憩時に提出すると、その質問のいくつかに答えていただけるというもので、私も今回提出してみました。書いた内容は・・「次々と珠玉のメロディが続くカルメンですが、ビゼーは出し切って早逝してしまったのかと思ってしまいます。もし長らえていたらどんな音楽を作っていたと思われますか?」。愚問?とも思いましたが、えてしてマニアはこの手の「たられば」話が大好きであったりするので、試しにと出してみたのです。
そうしたところ要約ではありましたが採り上げていただけ、岡田先生は「そうそう、初演のすぐあとに亡くなって、カルメンは遺作ですよね」と好感触のご反応(良かった!)。しかるにマエストロはというと・・「早死にと言ってもマーラーも50歳で死んでいるし」(←え?私の早死にの定義はショパン39歳が上限のU40なんですけど?)、そして「ワーグナーは晩年『ブッダ』の構想を持っていたらしい。それができていれば今ごろ日本人歌手も使ってもらえたかも」ということで、こちらの期待とはだいぶん逸れて、話はやっぱりワーグナーに戻っていったのでした。

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