2024年4月27日(土)尾高忠明指揮/大阪フィルハーモニー交響楽団「未完の交響曲」

15時開演 兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール

ブルックナーイヤー、3回目の鑑賞は大好きな第9番。
シューベルト「未完成」との併演で、「未完の交響曲(シンフォニー)」と題された演奏会。

前半の未完成交響曲。
かなりゆったりとしたテンポで開始されました。
プログラム解説によると、2楽章完成後の作曲中断は、シューベルトの病気(梅毒)発症と同時期であるとのこと。であれば、この作品の曲調は、死への恐怖を表すものであるのかと推測したのですが、この演奏はもう既に彼岸に渡ってしまったかのよう。途中に現れる、心臓を摑まれるような半音階の箇所も——最も思い出したくない記憶が不意に蘇ってきたときの瞬間的な負の感情、それをこれほど巧みに表現した音楽は他にないのではないかと思うのですが——特に強調されることもなく、なだらかに流れていきました。

シューベルトの諦念を表しているようにも感じられ、これもひとつの解釈かと納得しましたが——少々穏やか過ぎて、1楽章の繰り返しのあたりで「寝てもいいか」と思ってしまい、しばしウトっとしてしまいました。もっと起伏に富んだ、デモーニッシュな演奏が聴きたかった。好みの問題ではありますが。

後半、楽しみにしていたブルックナー9番。
私がブルックナーにハマるきっかけにもなった作品です。
何といっても、2楽章のスケルツォが大好きで——こういうものが好きなのは「幼児性が高い」と言われるのかも知れませんが、好きなものは好きなので仕方ありません——中毒性が高い音楽でもあるので、2楽章ばかり繰り返し聴いていたこともあります。

しかし今回予習で冒頭から全て聴くと、1楽章の抒情性や3楽章の崇高なオーケストレーションなど沁みてくるものが多く、これはやはり名作。そして、よく言われるように3楽章までで(長さ的にも)十分だと感じました。

さて、この日の演奏ですが——残念ながらどっぷり浸るところまでには及ばず、3階席で少々遠かったのもあり、客観的に眺めてしまいました。

冒頭ホルンの音が外れたのに小さく落胆。少々の瑕疵には目をつぶろう、と自分に言い聞かせてはいたのですが、主に金管類の音色やら出だしの不揃いやら、少しずつ不満が積み重なり、3楽章のワーグナー・テューバにはガッカリ。

弦楽器、特にコントラバスは素晴らしいと感じたものの、もっと上手い演奏で聴きたい、との思いが募ってしまいました。演奏技術には拘らず、大きな音楽を受け止めようとしても、やはりそれは無理なことなのです。

耳の肥えた中高年男性が主たる客層と思しきこの会場、皆さんどう受け取っているのだろう?と思いきや、意外にも終演後はかなりのBravo!——え?そうだったんですね。私が文句垂れなだけでしょうか?

予習として、ラトル/ベルリンフィル、メータ/ベルリンフィル、ジュリーニ/ウィーンフィル、ドホナーニ/クリーヴランド(←これは妙にアメリカ的で違和感あり)などを聴きましたが、予習のし過ぎだったかもしれません。

一方で、これら予習の段階から実演を聴いている最中も含め、「スコアを見たい」との思いが強くなり——これをやりだすと完全に沼ってしまう、と自制していたのですが——そろそろ解禁しよう!と思い始めました。

 

◇座席
3階3列目中央。
隣が少々風変わりなオジイサマで(時折意味不明な独り言)、「席ガチャ」ハズレだったのも満足度に幾分影響しています。

タイトルとURLをコピーしました