2023年7月20日・22日(木・土)佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2023「ドン・ジョヴァンニ」

14時開演 兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール

今年の佐渡オペラは「ドン・ジョヴァンニ」。
20日国内キャスト組、22日海外キャスト組の両方を観賞しました。

何といっても国内キャスト組の題名役、大西宇宙さんが声もルックスも抜群のカッコ良さで、宇宙ジョヴァンニに魅せられたプロダクションでした。

これが全体を通しての大きなひとつの感想ではありますが、以下、演出と両日それぞれのキャストや雑感を記します。

〈演出について〉
METの演出も手掛ける、デイヴィッド・ニース氏による演出。
劇中を通して舞台前面には豪華な邸宅を思わせるプロセニアムが置かれ、舞台奥に大道具類が上部から降ろされ場面転換が行われる、という形式。小道具類は最小限で、その分歌手の演唱に集中できる舞台となっていました。

衣裳を見る限り時代設定は近現代のようでしたが、それ以外の設定変更は感じられず、ストレートにドラマを楽しむことができました。
邸宅での晩餐シーンのバンダ(オケ別動隊)のみが、何故かモーツァルト時代の宮廷楽師の扮装だったのはご愛敬(可愛かった!)。

2幕終盤での騎士長は、頭からマントを被り槍と盾を持った扮装。「石像」で出てきて欲しい、という私の願いはなんとか叶えられました。墓場でのシーンでは声にエコーがかけてあり、そのあからさまなPA使いとその効果とに客席から笑い。

しかしこのオペラ、時間経過はどうなっているのでしょう?騎士長刺殺からドン・ジョヴァンニの地獄落ちまでは2日間くらいの出来事のように見えるのですが、亡くなった明くる日に石像と墓碑が完成しているなんてあり得ないですよね(←やや職業病)。あれは据えてあった石像が動き出したのではなく、亡霊が石像に化けて墓場に出てきたのだ、ということで納得することにしました。

〈歌手について〉
前述の大西宇宙さん。声量も豊かで、彼が歌い出すとたちまち意識がそこに集中してしまう「これぞ主役」の圧倒的存在感。
ワーグナーの脇役でも主役を食うぐらいの存在感を示していた彼は、やはり主役で出演すべき歌手!元来のルックスの良さに加え、所作もカッコよくて正にスター。しかも、まだまだこれからが期待できるライジング・スターに接するのは痛快でもあります。

と、宇宙さんは別格として、各組での印象を下記に残します。

・国内組
実は当初、チケットは22日の海外組楽日のみを購入していました。が、SNSで上がってくる宇宙さん絶賛に心が動き、それに妻屋さんの歌う”Don Jovanni, a cerna teco”も聴きたくて、急遽2日前にチケットを購入。期待通りで妻屋さん素晴らしい!その風格といい、轟く低音といい、日本人でこの役は妻屋さんしかいないでしょう。(その割には冒頭であっさり刺殺されるのは若干解せないけれど、台本だから仕方ない笑)

このお二人が素晴らしかったので、その他のキャストは相対的に私の中ではやや霞んでいます。
レポレッロ平野和さんは豊かな声量の持ち主ですが、なぜか今回は控えめな印象。このレポレッロ氏、三枚目の役だと思われるのですが、演出なのかあまり三の線に振り切れていなかったのもその原因かと思いました。

ドンナ・アンナ高野百合絵さんとツェルリーナ小林沙羅さん。見た目の華やかさと演技は申し分なく、歌唱も概ね艶やかで美しいのですが、ともに高音に難あり。コロラトゥーラは発展途上。怒った演技でごまかしながら高音を吠えるのはツライ。高音で魅せられてこそのソプラノだと思うのですが。

楽しみにしていたドンナ・エルヴィーラの池田香織さんは降板され、代役は海外組の同役ハイディ・ストーバー氏だったのですが、歌唱、ルックスともに美しいこの完璧なソプラノに救われました。しかし香織さんのメゾでの同役はまた異なった人物像だったであろうことを思うとやはり残念です。

・海外組
宇宙ジョヴァンニが強烈だったためか、同役のジョシュア・ホプキンス氏の印象は薄く、逆に声量豊かなレポレッロのルカ・ピサローニ氏の存在感が強いと感じました。ドン・オッターヴィオのデヴィッド・ポルティーヨ氏のリリックなテノールとツェルリーナのアレクサンドラ・オルチク氏のお姫さま(ロリータ?)的ルックスと澄んだソプラノが美しい。この組唯一の日本人、マゼット近藤圭さんのバリトンも素晴らしかったです。

問題はドンナ・アンナのミシェル・ブラッドリー氏。おっ母さん的貫禄の容姿とド迫力の声量。いわゆるドラマティックソプラノで、平べったい印象の声は透明感がなく、重唱では彼女の声が他の声部を圧してアンサンブルの均衡が崩れる。コロラトゥーラは失敗。なぜ海外からわざわざ招致したのが彼女なのか理解に苦しむキャスティングでした。

余談ですが——数年前に鑑賞したびわ湖ホール声楽アンサンブルでの公演で、ドンナ・アンナ藤村江李奈さんの透明感溢れるソプラノに魅了されたのですが、あの歌唱はやはり秀逸だったのだと思い返していたところ——プログラムを見ると、カヴァーキャストで藤村さんがクレジットされていました。うーん、彼女で聴きたかった!

・・と、今回は両組とも、歌手に凸凹がある印象で、このところキャストに落ちがないオペラが続いていたので、少々残念ではありました。

〈物語について〉
今回のプロダクションでは、ドン・ジョヴァンニ=ドン・ファンとは何者か?などということも考えてしまいました。超「肉食系」なのは当時の特権階級という側面もあるけれど、その真の魅力は、最後まで「生き方を変えない」と、その姿勢を貫くところにある。これまでに何度か観た作品ですが、宇宙ジョヴァンニには、自らの行動に哲学でも持っているかのような、信念の強さを感じさせるものがありました。

その一方で人物の魅力ゆえか、なんだか後味の悪いオペラだな、とも感じてしまいました。
地獄落ちで幕切れであれば、観客はそれぞれに感想を持ちながら帰れるわけですが——幕切れに残った6人が「なれの果てはこのように」と歌うのは何だかな、と(いわゆる勧善懲悪ものの昔のオペラの形式によるものらしいですが)。

そもそも勧善懲悪ものであれば、主役が懲罰を受けるべき悪人であるというのはどうなのでしょうか? しかもそれが魅力的人物であった場合、観客はどこに感情移入すればよいのでしょう?

と、今回は観終わった後に考えることの多いプロダクションでした。が、しかしこれはオペラの醍醐味のひとつ。できれば終演後に3~4人で食事でもしながら感想を語り合いたかったところです・・。

 

◇座席
両日とも1階左側のバルコニー席。
下手側がやや切れるものの、ほぼ舞台全面が見渡せる席。
ただし、例の落下防止柵が若干視界に被る(どうにかならないものか、と毎回思います)

◇その他
カーテンコール時に撮影可でした。
以前大西宇宙さんその人が「撮影可の場合、拍手が止まって静かになる傾向がある」とツイートされていたので、「パッと撮って、サッと拍手に戻る」を心掛けました(笑)

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