2026年5月20日(水) チョ・ソンジン ピアノ・リサイタル

19時開演 ザ・シンフォニーホール

2ヶ月以上振りの投稿です(しかも公演から1週間以上経過)。
ブログをやめてしまったのでは?病気とか?――などと心配してくださった方がいらしたらありがたいのですが(笑)、単に演奏会に行っていなかっただけです。現在コンサート通い自制中なのですが、その理由もそのうちご報告できれば、と思います。

とは言いつつ、これから夏頃にかけて「ピアニスト目当て」のコンサートが以前と同じペースで続く予定です。そして、その最初を飾るにふさわしい、チョ・ソンジン氏のリサイタル。

約2年前のリサイタルに続き、今回も素晴らしい公演でした。
「舞曲」、「ウィーン」を軸として、バロックからロマン派、そして現代音楽(十二音技法)までをバランスよく配置したプログラム。

冒頭バッハのパルティータ。第一音からハッと心を捉える美音。あぁこの演奏会に来てよかった、と感慨に耽るとともに、やはりこの人のピアノの真髄は「美しさ」だと再認識。

続いてのシェーンベルクは、バロックの舞曲を踏襲してはいるものの、一聴してそれとはわかりにくい音楽。カオスの世界。約100年前の作品ではありますが、バッハの清らかで整然とした響きとの対比で聴くと、これは現代にも通じる決して美しくはない現実の人間社会を映し出している音楽ではなかろうか、と思われてきます。正確無比の打鍵の説得力。しかし――後半無意識に寝落ち(拍手で目覚めるバツの悪さ)。ゴメンナサイ!

前半の最後は、シューマン「ウィーンの謝肉祭の道化」。初めて聴く作品集でしたが、楽しげで描写力に富んだ作品(それを再現できる演奏技術で聴いているからでもありますが)。これは「クライスレリアーナ」より好きかも?などと思いながら聴いていたのですが――後半の超絶技巧が大迫力。客席は大いに盛り上がりました。ご本人も「よっしゃ!」の力感のまま――ホームランを打ったバッターのように?舞台袖へと帰っていかれました。

この日は韓国からのお客様も多かったようで(韓国ではチケットが入手困難なので観光がてら日本に追っかけてくるファンがいるとか?)、彼らの「ヒュー!」、「キャー」などの歓声がすごい。クラシックコンサートでも国によって楽しみ方の違いがあるのですね。

後半は、ショパンのワルツ14曲。
曲順はソンジン氏の意向によって並べ変えられていました。これが、調性や曲調から、これ以外ないのでは?と思える納得性のあるもので、ひと続きに演奏されました。

冒頭から、「プレイエル?」と思ってしまうような、控え目でまろやかな音。ピアニストとしてのショパンは、演奏会で弾くことは好まず、サロンでの演奏が好きだったようですが、この演奏もまるでサロンで少人数の前で奏でているかのような、親密さ、奥ゆかしさを感じさせるものでした。

そして、全曲通じて、高音に駆け上がりながらクレッシェンドする部分では、その頂点を少し手前に持ってきて、最高音を大きく鳴らさない。そっと弾かれる最高音――これがグルーヴ感とともになんともいえない気品をもたらすのです。ショパンの人となりに触れたような気がし、それがソンジン氏にもリンクしているような――そんなことを思いながらの鑑賞でした。

ワルツの最後を飾るのは、最もよく知られた第1番「華麗なる大円舞曲 変ホ長調」。これは盛り上がります。第1番が最後で大納得。この曲ではリミッターを外したがごとくのフォルテシモ、迫力と華麗さ。前半同様、客席からは多くの歓声とブラボーと。

アンコール1曲目はグリュンフェルト「ウィーンの夜会」。J.シュトラウスⅡ「こうもり」序曲をモチーフとした心躍る作品で、このプログラムとの関連性と言い、華やかさと言い、なんとセンスの良い選曲――などとニコニコで聴いているうち、後半は超絶技巧モリモリのものすごい演奏。ショパンのワルツは難易度としてはほぼ中級レベルで(私も弾いたことのある作品が半分ほど)、聴衆の超絶技巧への「飢え」を満たしてくれるものでもありました。

三たび大盛り上がりの客席、果たして2曲目のアンコールはベートーヴェンの悲愴ソナタ第2楽章で、聴衆を鎮静させての終演。

素晴らしい一夜。満足感と余韻に浸りながらの帰宅でした。やっぱりコンサートはいいなぁ(たった2ヶ月振りで笑)。

◇座席
いつもの2階最前列下手側。

 

 

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