2022年1月30日(日)METライブビューイング「Fire Shut Up In My Bones」

11時開演 大阪ステーションシティシネマ

この3日前に「ボリス・ゴドゥノフ」を観たばかりなのですが、どうしても観たくなってまた行ってしまいました。

なお、このブログはネタバレを含んでいますので、これから観に行くご予定の方は鑑賞後にお読みいただくようお願いいたします(笑)

MET初のアフリカ系アメリカ人作曲家による作品で、映画音楽で有名なテレンス・ブランチャードの2作目のオペラ。
どうしても観たくなった理由はもちろんそのためで、今となっては「クラオタ」を標榜しておりますが、高校生のころから日本でいう「ブラック・ミュージック」は大好きで(何しろマイケル・ジャクソンの全盛期でした)、その後もゴスペルにはまってを歌いに行っていたこともあり、これは是非観ておかねば!と思ったわけです。

あらすじは、南部に生まれた5人兄弟の末っ子チャールズが、幼いころ従兄に性的虐待を受けた心の傷と、母親から十分に愛されていないという満たされなさを抱えながらも、向上心を持って成長していくというもの。実在の著名コラムニスト、チャールズ・M・ブロー氏の回顧録が原作となっています。

作曲者のみならず、原作者がまだ生きている、というのはオペラでは珍しいことですが、この作品は現代の個々人が抱える問題を描いた、まさに今の社会を映し出しているオペラであると思いました。

タイトルの ”Fire Shut Up In My Bones” とは「骨の中に閉じ込めた火」との意味で、聖書(エレミア書)からの引用。虐待した従兄への復讐の火、もしくは、母親から「身を守るため」と渡された銃のことかと思いましたが、結局はその銃を従兄へ向けて発砲することはなく、母親と「愛している」と認め合うことで復讐の火を鎮めることができた、という幕切れ。

と、ここまで書いたところで、ざっくりした感想は、「やや期待外れ」。

ストーリーが内的過ぎてドラマティックな盛り上がりがない、というのがまずひとつ。
恋人との別れもあっけなかったし、母親との相互愛情確認で幕切れというのもなんなんだか・・。母の愛による救済?宗教的な意味合いがあるのかもしれませんが、「オペラティック」でない、ぬるいハッピーエンドだと感じてしまいました。

ふたつめとして、キャッチーな音楽に乏しい。名作となるには、その作品を牽引する強いメロディが必要だと思うのですが・・例えば「ポーギーとベス」の「サマータイム」のように、歌いながら帰れるようなメロディは不在でありました。

ゴスペルやジャズ、ブルーズ、といったアフリカ系アメリカの音楽の要素がふんだんに盛り込まれていて、エレキギターやドラムセットも使われており、新しい、現代のオペラ音楽ではありましたが、思っていたようなビート感、グルーヴ感は今一つ感じられず。もっとのめり込める音楽を期待していたのですが、期待が大き過ぎましたでしょうか?

とは言いつつも、なにしろ歌手陣が素晴らしく、パワフルで豊麗な歌唱を大いに堪能しました。いくらでも声が出るんじゃないかと思ってしまいます。

母親のビリー役ラトニア・ムーアは「ポーギーとベス」のセリナのアリアが感動的でしたが、今回も圧巻の歌唱。エンジェル・ブルーの澄んだソプラノで自在に心情を歌い分ける表現力も素晴らしかった。余談ですが彼女のオペラでの歌い出しの歌詞が「お帰りなさい」。「ボリス・ゴドゥノフ」のオープニング・トークは、ここからの引用で、予告だったのですね。

そして、なんといっても主役チャールズのウィル・リバーマンの安定した美声のバリトン。子役の「チャールズ坊や」ウォルター・ラッセルⅢとのユニゾンも素晴らしかった。

それ以外にも、畑を耕していたおじさん、大学社交クラブの先輩など魅力的バス歌手がいたのですが、例によって名前もプロフィールもわからないのは残念。

収録日千穐楽の聴衆は大盛り上がりで、普段はオペラハウスに来ないような観客も多かったようです。ちなみにこのオペラはてっきりメトの委嘱作品かと思っていましたが、初演は2019年、セントルイス歌劇場。休館後のメトが世界に向けて発信するメッセージ性の強い作品として選ばれたのだということはよくわかりました。

この1週間で、3作品のオペラを鑑賞しました。日本、ロシア、アメリカ。どれも本家ヨーロッパ以外の国の作品です。時代が進み、オペラという骨組みは変わらないものの、人種と同様その地域によって様々に進化を遂げているのだな、とそんなことも感じています。

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