2022年1月14日(土)「ニュルンベルクのマイスタージンガー」プレトーク・マチネ

11時開始 びわ湖ホール 中ホール

毎年楽しみにしていたこのプレトークも今回で終わり。
昨夏のオペラ指揮者セミナー以降、少しずつ心を離す訓練を積んでいます(涙)

ワーグナー10作品上演完遂となる今回の公演のプレトーク、いつものようにユーモアを交えた興味深い話が展開されたのですが・・これまでに比べると少々物足りないものでありました。その理由は後回しにして、以下箇条書きにて備忘録。

◇作品について
・初演の地、ミュンヘンでは、オペラシーズン終わりの7月31日に上演されるのがならわしであった(現在は行われていない?)。この作品と「トリスタンとイゾルデ」はともにミュンヘン・バイエルン宮廷歌劇場でハンス・フォン・ビューローの指揮により初演されており、ミュンヘンではこのことが非常に誇りに思われている。
・ちなみに、R.シュトラウスの父親はホルン奏者で、初演時にホルンのトップを吹いている。
・この作品はのちにナチスが利用。党大会で上演され、演奏に合わせ鉤十字の旗が振られる映像も残っている。それがまたサマになるのも恐ろしい。
・ニュルンベルクはアルブレヒト・デューラーを生んだ土地であり、ドイツ・ルネサンス即ち近代市民社会を象徴する都市である。近代市民社会とは王や教会といった権力が存在しない社会。それゆえ、いわば国家神道として神格化されたナチスの党大会がここで行われた。また終戦後の「ニュルンベルク裁判」が行われ、死刑宣告が下された場所でもある。

◇今回のプロダクションについて
・引き続き、セミステージ形式となる。
・この作品をフル・オペラでやるには、場面設定も大掛かりであり、合唱も含め登場人物が多く、衣裳も安物にすると見てすぐそれと判ってしまうの費用面での問題もある。
・歌手選びについては、ドイツ語の暗譜に慣れ、スタミナも備えた歌手としている。「夜警」は出番は少ないが、大事な締めの箇所なので、平野和さんにお願いした。今回もシングルキャストだが、その方が練習時間が多く取れ、濃い練習ができる。
・コンサートマスターは石田組長。

◇質問コーナーから派生した話
・「マイスタージンガー」と「トリスタン」は、モーツァルトの交響曲40番と41番のように、長調・短調の対になっている(トリスタンは無調に向かっているが)。これはマーラーの5番と6番も同様。
・第3トランペットは無弁?→そのような指定はスコアには書かれていないが、ワーグナーの時代にバルブ楽器が急速に発展したが、それにより自然倍音による完全音程が出にくくなった。無弁楽器はルネサンス時代の思い出。
・終盤の「あなたたちのマイスターを敬いなさい」というのは、「我々の芸術を残しましょう」というメッセージ。当時は、まだ国家統一がなされていないドイツのナショナリズムが最高潮に達していた時期であった。グローバリズム(当時のイギリス、フランス)に対するナショナリズム(そのためナチスに利用された)。

◇質問では沼尻マエストロの驚異的な音感能力についての言及も・・
「桐朋には、能力の突出した沼尻さんだけのための聴音授業が行われていた、などの伝説があるようですが?」との岡田先生の質問を「幼稚園の頃、お遊戯の音楽を聴いたままピアノで再現していた。耳は年々衰えるもので、まぁ幼稚園の時が最強であったわけではないですが」と笑いを取ってかわすマエストロ。他にも「音楽的には絶対音感よりも相対音感の方がはるかに大事」とか、まぁこれはよく分かる話ではありますが、あくまで一般論。私としては、謙遜、韜晦は抜きで、例えば一度に何声まで聴き取れるのか、などといったもっと突っ込んだ「事実」としての能力の話を聞きたかったのですが、小澤征爾さんのオケ奏者いじめ?の話に脱線していったりもして話が及ばず残念でした。

他には「質問」として、「沼尻さんの指揮がびわ湖ホールで観れなくなるのは残念」という意見も出ていましたが、「桂冠芸術監督」として、今後もマーラーシリーズは年1回続けていかれるとのこと。シリーズ最後は「9番」で「死に絶えるように」終わりたい、と、マエストロ一流のユーモアで締めくくられたのでした。

◇その他
以前は司会が藤野一夫先生で、3人で深く面白い話を展開されていたのですが、前回からはホールのプロデューサーの方が司会となっていました。今回の司会の方は特に、議事進行に徹していて真面目すぎ。やはり司会は対等に話のできる学者の方がよかったなぁ、というようなことをアンケートに書いて出そうかと思ったのですが、今回で終わりなので詮なきこと、やめておきました。ホールスタッフとなったのも、きっとご予算の都合なのでしょう。無料で聴かせていただけたことに感謝したいと思います。

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