2024年2月9・10(金・土)井上道義指揮/大阪フィルハーモニー交響楽団第575回定期演奏会

19時/15時開演 フェスティバルホール

先月に続き、今回の大フィル定期演奏会も2日連続で聴きました。

今年12月末で引退される井上道義マエストロが大フィルの定期を振るのはこれが最後。ショスタコーヴィチ交響曲13番「バビ・ヤール」を軸にしたプログラムでした。

当初は2日目のみ行く予定だったのですが、1週間前の同プロN響定期公演後のSNS上での反響と、それらの投稿に載せられた画像——後ろにずらりと並ぶ合唱がすべて男声、という見た目の迫力と珍しさ——にも魅かれて、1日目も購入してしまったのでした。

「バビ・ヤール」はもちろん素晴らしかったのですが、前半のプログラムも魅力的だったので、まずはそちらから——。

ショスタコーヴィチ作品と並べられた1曲目のヨハン・シュトラウスⅡ世「クラップフェンの森で」は一見違和感がありすが、実はロシアに因む作品。元々はこの作品が書かれたロシアの保養地名を取って「パヴロフスクの森で」の名称だったものが、ウィーンで演奏される際に改題されたそうです。

ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートでも聴いたことのある、鳥たちの「カッコー、ピヨピヨ」の鳴き声が鳥笛で奏でられる長閑で可愛らしい作品。鳥笛担当はパーカッション奏者がカッコー笛、その他にもヴィオラ、オーボエ奏者に「ピヨピヨ」係各1名ずつ。そして舞台後方のパーカッションの並びにホルンとトロンボーンのトップ奏者が座り、終盤にコーヒーカップにストローを差した水笛を演奏して客席を沸かせていました。マエストロらしい遊び心のある演出です。

2曲目はショスタコーヴィチが書いた映画音楽を演奏会用に組曲とした「ステージ・オーケストラのための組曲」より抜粋の5作品。交響曲とは別次元でこのような大衆性のある作品も書けてしまう多才さ!

この作品、私は「ジャズ組曲2番」として知っていましたが、なかでも「ワルツ第2番」が大好きで(中毒性が高い)、ピアノ譜を購入して弾いていたこともあります。今回オーケストラで生で聴けるのを楽しみにしていましたが——この演奏はかなりテンポを落とし、弦楽器にポルタメントをかけて音楽を大きく揺らし、優雅さとあざとさが混在した何とも味わいのあるものでした。その反面、私が心を掴まれる昭和歌謡にも通ずる哀愁や通俗性は薄まっていて少々残念(テンポを落としたのは、トロンボーンのソロが本来のテンポではついて来れないからでは?と推測。そのような音源もあるので)。マエストロは曲に合わせて軽やかにステップ。これも見納めかと思うとやはりさみしいです。

後半の「バビ・ヤール」。
交響曲とされていますが、実際には独唱と合唱が入るカンタータ。しかし、マーラーの8番などとは異なり、2楽章はスケルツォ、3楽章は緩徐楽章、と交響曲のフォーマットを保っているので、鑑賞者としては受け取りやすい構成です。

今回予習するまで、この作品は「バビ・ヤール」での大虐殺という悲惨な史実のみを描いたものだと思っていたのですが、それは1楽章のみで、2楽章以降の内容は政治への批判や風刺。詩人エフトシェンコの作品に衝撃を受けたショスタコーヴィチがこの詩を用いて交響曲を書こうと思い立ったそうです。

詩の内容の普遍性に大いに納得しつつ、それを補完する音楽を享受。言葉で表現しきれないものを表すことができるのが音楽——歌詞のある声楽作品を聴くと、それが一層鮮明になります。

バス・ソリストはロシア人のアレクセイ・ティホミーロフ氏。2メートルはあろうかと思われる長身(指揮台のマエストロより高い)、横にも前後にも幅のある堂々たる体躯。スウェーデンの世界的な男声合唱団、オルフェイ・ドレンガーは総勢60名で全員バス(スコアでは40~100名のバス、と指定があります)。どちらも期待通りの素晴らしい低音でした。これはやはり海外から招聘しないと実現しない声質。このような声楽作品を生で聴ける機会はこの先もうないかもしれません。

悲劇や恐怖、厳しい生活——ドキュメンタリー映像が蘇ってくるような音楽作品ですが、この演奏はそういう面をあえて強調せず、淡々と進んでいったように感じました。

チェレスタがひそやかに奏でられ、冒頭と同じB♭音でテューブラー・ベルの弔鐘が鳴らされる終結部分——最初に聴いた音で終わるというのはわかりやすく安心感があるものです——聴き終わった後は心が鎮まり、何故か清々しい読後感のようなものがありました。

マエストロが完全に腕を下ろした後も長く沈黙が保たれる完璧な結び。客席の集中度を感じました。海外の演奏家を招聘した公演がこのように終わると、日本人としてちょっと誇らしい気持ちにもなります。

◇座席
1日目は2階最後列下手寄り。
2日目は2階最前列上手寄り。やはり視界が良いと満足度は上がります。

◇その他
1日目の鑑賞後に小澤征爾氏の訃報を知りました。病気の困難があろうとも指揮することを諦めず、音楽の場に居続けた小澤さん。それとは対照的に余力を残しつつ引退する井上道義マエストロ。どちらもその人らしい生き様です。

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