14時開演 豊中市立文化芸術センター 大ホール
ブルックナーのミサ曲第3番での登壇。
色々と思うことのある演奏会でした。

我がブルオタの側面は一旦置いておくとして――約9ヶ月練習した感想として、「難しかった」がまずもっての感想。もっとやれたのでは?と思ったり、これが限界と思ったり。
転調が多い上に調性感を見失う音形、極端なダイナミクスの変化、伸ばしや休符の把握し難い長さなどなど、入ってきにくい音楽であった一方、交響曲の緩徐楽章やスケルツォのトリオなどに通じる抒情的な美しさも満載で、”Benedictus” から”Agnus Dei”は、これまで数多く歌ってきたミサ曲やレクイエムの中で、私の中ではその内容に最もしっくりとくる音楽でありました。
今回もソリスト陣が素晴らしく、聴き惚れること多数。テノールの”Et incarnatus est” (テノール好きには堪らない箇所!谷口洋介さん素晴らしい!)はあらかじめ落ちないように気をつけていたのですが、アルト八木寿子さんにもうっかり聴き惚れてしまい本番出そびれてしまったことをここに告白いたします。
はい、そして(ここからブルオタ側面)、同じ板の上で聴くブルックナーサウンド、床から低音の振動を体感できるのも登壇の醍醐味のひとつ。ブルックナー独特の弦の執拗な上下行、これもブルオタには堪らない。ブルックナーに嵌った最初が9年前に歌った「テ・デウム」であったことを思い出しもして――歌は難しかったけれど、堪能もできた、これまでにない、悪い意味ではなく「複雑な心境」での現在地であります。
ところで、私の関心事のひとつ、ホールの音響について。
このホールではこれまで主に日本センチュリーの公演を聴いていて(忘れ難い務川さんのラフマニノフ3番など)、残響は少ないけれどクリアな音響、という好印象を持っていたのですが――さて舞台で歌ってみると、なんとまぁ自分の声が聞こえにくいこと。オケの音も聞こえにくい。よってモチベーション上がらず、音程は下がる――。
見上げると天井に音響反射板はなく、凸凹の木質仕上げは反射よりも吸音が勝っている印象。クラシック専用でないので仕方ない?
歌から離れますが――サロン開設の参考にと、ここ1年くらいの間にスタインウェイやシゲルカワイのグランドピアノをいくつか弾いてみてわかったのは、高級なピアノは鍵盤の材質や形状によりミスタッチしにくく、上手く弾けるピアノでもあるということ。
そこからの連想で、ホールの音響と演奏のよしあしは無関係ではないのだなぁ、ということを歌いながら考えておりました。アマチュアのつぶやきです。

